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喪男板水銀燈スレより 第1話

作者:74氏

いつものように家に帰るとすぐにPCをつけてかちゅ〜しゃのお気に入りを更新チェックする喪男。しかしいきなり窓が割れる。
喪(…なんで…?温度差とか…?)
水銀燈「うふふ…こんばんわ…」
喪「うわっ…なにあんた…」
水「ふぅん…気持ち悪い男だけど仕方ないから私の糧にしてあげるわぁ…この指輪を嵌めなさい」
喪「え?え?」
水「聞こえなかったの?あなたは私に力の全てを渡すのよ。さぁ…」
喪(わけが分からないがとりあえず嵌める)「…これで、いいんですか?」
水「最初からそうすればいいのよ…もうあなたには用はないわ。」
(飛ぼうとする)
喪「あ、ちょっと待って!」
水「なぁんなのよ…」
喪「…ちょっとゆっくりしていきませんか?どうやって動いてるのかとか気になるし」
水「あなたなんかに話してもどうせ理解できないわ…めんどくさいしぃ…」
喪(すごい、まるで生きているようだ。こんなフィギュアが欲しかった…)
水「何考えてるの?人間の癖に人形しか愛せないとかぁ?それとも人間が怖いから人形としか関われないのかしらぁ?」

喪「あっ・・あなたが綺麗だから・・・」
水「くだらなぁい。人間なんかに私の事とやかく言われたくないわ」
喪「名前とか・・・」
水「ふふ・・・」
飛び立つ
喪「はぁはぁ何だアレ」

それから何日たってもあの銀色の髪の人形は現れなかった………
何度もあの日の出来事は夢だったと思おうとしたが左手の薬指を見るたびにそうはいかなかった。
あの美しい人形が唯一いたという証である指輪……
その証をより現実にする時折起こる指輪からの激痛……
結局…あの人形のことが日に日に自分の中で大きくなっていった。


深夜眠っているとまた指輪の激痛が始まった。
今日の痛みは意識がもう少しで切れるほどにすさまじかった。
数十分後、布団の上で汗だくになりながら暗い天井を見上げていた。
一瞬視界の隅に銀色の光が見えたかと思うと、あの人形が姿をあらわした……

水「あ…あら……生きてたの……人間のくせに…しぶといのね……」
喪「あ…あの時の…… !!……ど、どうしたんだ…その格好…服がボロボロじゃないか…」
水「……ちかよらないで……人間ごとき…あなたのような人間に…同情される覚えはないわ……」
喪「け、けど……ケガしてる…手当てしないと……」
水「うるさい…わ…よ………黙らな…い…と殺すわ………よ……」

そう言ったとたん銀色の髪の人形は部屋の床に倒れこんでしまった…

水「(……あたたかい………お父様………)……!!」
喪「あ…よ、よかった目が醒めたみたいだね…」
水「………どういうつもり…?」
喪「ど、どうって…言われても………その……」
水「まあいいわ……それじゃぁね…お人よしのおバカさん…… !?」
水「私の上着……お父様からもらった大事な服はどこ!?」
喪「そ、それなら…!!……ぐ、苦しい………」
水「返しなさい…早く返しなさいよ!!」
喪「ご…ごめ……枕……の…と…こ…」
水「よかった……お父様………」

彼女は窓際に立つと空に浮かび上がった。

喪「げほ…げほ……ごめん勝手に触って………あっ!!待って!!まだ聞きたいことが!!」
水「本当に殺すわよ……アナタの代わりなんていくらでもいる………!!………」
喪「ごめん!!本当にごめん!!で、でも……き、君の名前だけでも教えてくれないか!?」
水「(服が元通りに治っている……?あの人間が治した……?でも何…この感覚……あたたかい……?)」
喪「ずっと君のことが頭から離れないんだ!!お願いだから名前だけでも教えてくれ!!」
水「(あの人間……!!…あの人間の部屋のジャンク(フィギュア)からも同じ感じがする……)」
喪「お願いだ……君の名前を…」
水「………水銀燈」
喪「えっ………」
水「聞こえなかったかしら?私は水銀燈。私の糧になるのだから名前ぐらい知っていてもいいわよ」

彼女は出合ったときのような妖しい微笑をうかべると空へ飛び立っていった。

あの日…あの銀色の髪のドールが教えてくれた名前―――「水銀燈」
僕はますます水銀燈に惹かれていた。
通勤ラッシュの中の空気は不快だったが昨日のことを思い出すと自然と顔がほころんだ。


水銀燈はいつも突然現れていつの間にか消えてしまう。
そんな日が続きながらも僕は水銀燈に会える日を楽しみにしていた。
でも…さっきから何度もPCの画面をちらちら見ているが水銀燈が来る気配はない。
深いため息が出た。
水銀燈は何も言わないことが多いけれどその姿を見れないことは少なからずショックだった。
僕は部屋の窓を開けると窓辺にもたれかかった。

「水銀燈……」

気がつくと僕は何度もその言葉を一人でつぶやいていた。
不意に風が吹いた…同時に冷たいながらも待っていた声が聞こえた。

水「……バカじゃないの…アナタ……そう何度も呼べば私が来ると思った…?」
喪「え、あ…す、水銀燈…」
水「こんばんわ……私の糧のお間抜けな人間さん……」
喪「あ…あの…こ、こんばんわ……へへ……」
水「…なにその顔……バカにされて喜ぶなんてホントお間抜けな人間……」

見下すような視線で水銀燈が僕の顔を窓の外から見おろしていた。
……でも僕はそんな水銀燈の態度よりまた会えたことに心が躍っていた。
月明かりを背にした水銀燈の姿は美しい以外の何者でもなかった。
銀色の髪が夜風に吹かれるたびに月明かりを浴びてキラキラと輝いていた。
黒い翼がまた水銀燈の妖しい美しさを際立たせていた。

水「……なに…いつまでもこっちを見ないでくれないかしら……」
水銀灯が不快な顔で見下ろす。
水「まぁいいわ……糧が生きてるならそれでいいわけだし……もう用はないわ……」
ふわりとその場で背を向けると水銀灯は飛び立とうとした。
喪「ま、待ってくれ!水銀灯!き、聞きたいことがあるんだ!!」

…聞きたいことなど考えていなかった…ただ少しでも水銀燈が近くにいて欲しかった……

水「なに……」
驚いたことに水銀燈は明らかに不服な顔ながらも僕のほうに振り返った。
いつもなら無視してそのまま空に消えてしまうのに…
水「用なら早くして……私は人間のようにヒマじゃないの………」
水銀燈を呼び止めたものの何を話していいかわからなかった。
視線だけを下に落とすと指輪が目にはいった。
喪「こ、この指輪ってい、一体なんなの……?」
水「…バカな人間……言ったでしょ?アナタには理解できないことだって……」
喪「で、でもこの指輪取れないし、時々痛みが走るんだ!!」
水「そうねぇ……フフッ…知りたいの……」
喪「…あ、ああ……知りたい……」
水銀燈は窓辺に立つ僕に近づくと妖しく笑ってみせた

水「この指輪はねぇ…奴隷の証なの……私に全ての力をささげるためのね……」
喪「……す、全てをささげる………そ、それって一体……ぐうぅ!!」
水銀燈の手のひらに紫の光が浮かぶと同時に僕の身体に激痛が走る。
水「どう…?素敵でしょう……?これならおバカなアナタにも理解できたでしょ……」
喪「(…これって……僕の何かが使われてる……?そんなバカな……)」
水「これでわかったわよねぇ…人間は大人しく私に従えばいいの……」
喪「はぁはぁ……わかった…これ以上は……本当に死にそうだ……」
水「フフッ……本当に死ぬ? そうねぇ…本当に死ぬのよ…アナタは……私のためにね」
水銀燈は相変わらず笑みを保ったまま僕を見ている。
僕はその眼から眼をそらすことができなかった……
喪「(…う、うそだろ……死ぬって…そんなこと……)」
何度も同じことを考えるがその度に水銀灯の眼がその考えを壊していく。
微笑みながらもその眼には計り知れることができないほどの何かが僕を恐怖で支配した。


水「あらぁ…顔が真っ青よ……死ぬのが怖いのかしらぁ?」
喪「(あ、当たり前だろ!!水銀燈のためとはいえ…し、死ぬなんて…そんな……)
水「でも…これはとても光栄なことよ……この私のために死ねる人間なんて……」
水銀燈はさらに顔を近づけて窓辺に膝をつき狼狽する僕の耳元でささやいた。
水「怖がることはないわ……アナタはどうせ人間の間でも何の役にもたたない……だったら私のためにその全てをささげなさい……」

―――なんの役にもたたない

その言葉が心の奥に押し込めている暗く湿った記憶を照らし出す。
いつからか僕は「キモい」「汚い」と罵られ、会社でも同じように罵られる。
暗い気持ちはみるみる僕の心を侵食していった。
全ての感情がなくなっていく……死に対する恐怖も色あせていく……

水「どうしたのかしらね……とうとう壊れちゃった……」
喪「……いいよ、僕の全てを使えばいい……」
水「……そう…でもアナタ死ぬのよ………」
喪「いいんだ……それでも……僕はどうせクズだから………」
水「………」
僕はもう死ぬことが怖くなかった…ただもうどうでもよかった……
自嘲気味の言葉がとめどなく口から溢れ出す。
喪「水銀燈の言うとおりだから……僕は役立たずの人間だから……」
喪「見た目だってごらんの通りだしね……できそこないの人間だから……死んでもいい…」
水「……もう…いいわ……それだけ自覚があるなら………」

水銀燈は僕から離れると窓辺に立った。
ひざまずく僕から見えた水銀燈の眼にはもう何も映っていないほど遠い眼をしていた。
僕は何も言わなかった、水銀燈を止める気力もなかった。
水銀燈も何も言わずただ窓辺から僕を見下ろしていた。
夜風がほんの少し吹くと水銀燈は風に流れる髪を片手で押さえると夜空を見上げた。
その横顔がどこか今までの水銀燈とは思えないほど弱弱しく思えた。
水銀燈は僕に完全に背を向けると黒い羽を広げて空に舞い上がっていった………

誰もいなくなった部屋で僕はゆっくりと立ち上がると窓辺にもたれかかった。
傷ついたわけではない…
水銀燈に言われたのが嫌だったわけでもない。
ただ水銀燈といる時間にこんな風になったことが少しだけ悲しかった。
立ち去る間際の水銀燈の顔が自然と脳裏に浮かんだ。

「水銀燈………」

また気がつくと水銀燈の名前を口に出していた。

水「……また呼べば来ると思った………」
喪「水銀燈…!!」
水銀燈はゆっくりと僕の目線ぐらいの高さまで降りてきた。
水「……あまり私はヒマじゃないの……そう気安く呼ばないでくれる………」
喪「……ご、ごめん…」
水銀灯は僕の横に浮かんだままじっと月を見ていた。
喪「……ど、どうして…またここに……?」
水「………」
喪「…ごめん……水銀燈の勝手だよね……」
水「……言い残したことがあるの」
喪「えっ………」
水「……できそこないなんてアナタが言わないで……人間が言っていい言葉じゃないわ…」
水銀燈は視線を前に向けたまま言葉を続けた。
水「……人間なんてどれもできそこないよ……それを言えるのは完全な私だけ………」
喪「…水銀燈……ありがとう……」
水「……ホントお間抜けな人間ね……だからできそこないなのよ……」
喪「………うん」

その夜の月の光は僕と水銀燈を同じ色でいつまでも照らしていた……